腰巻おぼろ 妖鯨篇

上野不忍池、水上音楽堂、状況劇場の赤テント。
テントの中の観客もテントの赤に染まっている。
黄色い電球からランダムに飛び出す長い光の針。

はじめて歌舞伎を見に来たように
隣の客の肩に押されて居場所を失っていたのに
あぶらあげの上着を着た唐十郎が
箪笥(たんす)の引き出しの上で
根津甚八と立ち回りをはじめると
自分ももうすっかり馴染みの客になっている。

破里夫さんは抹香鯨を追ってc0065761_1251865.gif
海に飲み込まれた男、小林薫。
片足にロープをからませたまま
今も銛(もり)を突き立てた鯨と共に海にいる。
李麗仙は腰巻おぼろ。
船の舳先で抹香めがけ銛を構え
愛の幻影を追っかける。
「あんたは刃刺しだ! 刃刺しの伯爵夫人だ!」
舞台奥、不忍池の水中から水しぶきをあげて
現れる巨大な抹香鯨の尾。

ずっと後になってから
劇場の暗い空間は胎内であり
観客はいちいち生まれ変わるのではないかという
考えに至った。
思い返してみれば
たしかにその赤いテントを出たとき
私は恵那を破り、新しい自分のストーリーを持って
生まれなおした気がする。

そのときのへその緒がこの本
唐十郎「腰巻おぼろ 妖鯨篇」角川書店
装丁 篠原勝之
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by mironobonus | 2005-04-24 01:27 | 読書の時間
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